#17 社運をかけた新規事業「クラシルデリバリー」立ち上げの舞台裏 - dely共同創業者 大竹 雅登氏
「スタートアップ オフレコ対談」は、XTech Venturesの代表手嶋とゲストの方をお呼びして対談する番組です。今回はdely※の共同創業者で元CTOの大竹さんをお迎えします。
後編では、イオンリテールとの連携開始、人員獲得のための採用ポジショニングや、グローバル/多様性を重視する組織文化へ変化する上で意識された点など伺っています。
※以下本文では「dely」と表記していますが、2025年10月1日付で dely株式会社 は クラシル株式会社に商号変更されています。現在の社名はクラシル株式会社です。
スピーカー
・大竹 雅登氏(@masatootake)
dely共同創業者、元CTO
・手嶋 浩己(@tessy11)
XTech Ventures代表パートナー
目次
・なぜ今、大規模な新規事業に挑むのか? 「クラシルデリバリー」の全貌
・「クラシル」ブランドで参入する意味
・組織文化の変遷とグローバル採用へのシフト
・イオンリテールとの提携が持つ戦略的意味
・10年スパンの挑戦と、経営陣の役割分担
・delyの未来と、最後のメッセージ
※記事の内容は2022年2月時点のものです。
なぜ今、大規模な新規事業に挑むのか? 「クラシルデリバリー」の全貌
手嶋: それでは後半戦をスタートします。前半戦では、これまであまり語られることのなかった大竹さんのパーソナルな部分やdelyの創業期について伺うことができ、非常に面白かったです。後半では、いよいよ新規事業をメインにお話を伺いたいと思います。
まず、多くの方がTwitterなどでdelyの決算公告をご覧になり、まとまった利益が出ていることをご存知かと思います。もちろん、事業ごとの詳細な内訳は分かりませんが、その利益をもって、そのまま上場を目指すという選択肢もあったのではないかと、個人的には感じていました。
今回delyが新たに始めた「クラシルデリバリー」は、非常に大きな先行投資が必要な事業に見えます。以前、同じEコマース領域で挑戦されていたミールキット事業とは、投資の規模感が全く違うのではないでしょうか?
大竹: はい、ミールキット事業はすでに終了しており、現在はコマース事業の全てのリソースをこのクラシルデリバリーに集中させています。
手嶋: 利益が出ているこのタイミングで、あえて大規模な新規事業を始めたのはなぜでしょうか?
大竹: 手嶋さんがおっしゃる通り、「クラシル」や「TRILL」といったメディア事業で創出した利益をもってすれば、上場を目指すことは可能だったと思います。しかし、私たちは経営陣で常に議論してきました。「上場がゴールではない。delyは、上場後も長期にわたって高い角度で成長し続ける企業でなければならない」と。そのためには、企業の価値を根底から変える、まさに桁が変わるような事業を今、仕込むべきだと判断したのです。
特にコロナ禍を経て、delyとして社会にどのような価値を提供していくべきかを深く考えた結果、この事業に行き着きました。もちろん、この事業は立ち上げから数年間、大きな赤字を生むであろうことは覚悟の上です。
しかし、もしこれが成功すれば、既存のメディア事業が生み出す利益や事業価値とは比較にならない、まさに10倍以上のインパクトをもたらせる可能性があると信じています。
人生は一度きりです。その貴重な時間を使って、大きな事業を目指し、未来へ投資していく。そのチャレンジがもし失敗に終わったとしても、挑戦したことに価値がある。それが私たち経営陣の総意であり、この事業に投資すると決めた最大の理由です。
手嶋: 確かに、メディア事業が属する広告市場と、クラシルデリバリーがターゲットとする日用品マーケットとでは、TAM(Total Addressable Market)の大きさが全く違いますね。このサービスは、厳密にはいつから開始されたのですか?
大竹: 一般向けのサービス開始は昨年の6月30日です。その半年前、2021年の1月頃から準備を開始しました。当初は「最速で1ヶ月でリリースしよう」と意気込んでいましたが、開発を進めるうちに、この事業が通常のEコマースとは全く異なる複雑性を持つことが分かり、最終的には3ヶ月ほどの開発期間を要しました。
手嶋: 事前に資料を拝見しましたが、開発すべきコンポーネントが非常に多いという印象を受けました。
大竹: その通りです。通常のEコマースは購入者向けのプロダクトがあれば成立しますが、私たちの事業は、それに加えて買い物代行を行う「ショッパー」向けのプロダクト、そして提携先の「店舗」向けのプロダクトが必要です。
さらに、それら3者を最適に繋ぐためのインフラやアルゴリズムも自社で開発しなければならず、サービスを機能させるために必要なパーツが格段に多いのです。
「クラシル」ブランドで参入する意味
手嶋: 1年前にこの事業を構想された時点で、すでにフードデリバリー市場は活況を呈し、海外の巨大テック企業もクイックコマース市場に注目し始めていました。その中で、delyが「クラシル」ブランドでこの領域に参入するにあたり、どのような戦略をお持ちだったのでしょうか?
大竹: 「クラシルデリバリー」という名前の通り、「クラシル」とのシナジーは事業の根幹として考えています。私たちが「クラシル」を通じて解決しようとしてきたのは、「今日の献立を考える」という、調理そのものよりも手前に存在する大きな課題(ペイン)でした。
そして、それと同じか、それ以上に大きな課題が「買い物」です。共働き世帯が増え、時間に追われる現代人にとって、日々の買い物の負担は非常に大きい。この体験がオンライン化されることで、多くの時間を節約し、人々はそれを自分の余暇に充てることができます。
将来的には、「クラシル」で見つけたレシピの食材を最短30分でお届けしたり、購入した食材から最適なレシピを自動提案したりといった、シームレスな食体験の垂直統合を目指しています。レシピとデリバリー、その両方を自社サービスとして提供できるのは、世界的に見ても私たちだけの強みであり、非常に大きなアセットだと考えています。
手嶋: アプリを「クラシル」本体と「クラシルデリバリー」で分けているのはなぜですか?メルカリが「メルカリShops」を本体アプリ内に統合したように、アプリを分ける戦略には難しさもあるかと思いますが。
大竹: そこは非常に悩みました。メルカリとメルペイ、ヤフーとPayPayなど、様々なサービスの事例を徹底的に研究しました。結論として私たちが至ったのは、「ユーザー体験(UX)を最優先する」というシンプルな軸です。
実は過去に、クラシルアプリ内にEコマース機能を実装したこともあります。しかし、その際のUXと、独立したアプリとして設計した場合のUXを比較検討した結果、明らかに単体アプリの方が優れた体験を提供できると判断しました。マーケティングコストなどの懸念はありましたが、最終的にはUXの質を最大化するという意思決定を下しました。
組織文化の変遷とグローバル採用へのシフト
手嶋: 次にチームについてお伺いします。クラシルデリバリーのチームは多国籍で、英語が公用語になっていると伺いました。創業期のdelyは、良くも悪くも「若手スタートアップならではの尖った文化」で、多様性というよりは「やるか、やらないか」という気風が強かったように思います。この数年で、組織文化はどのように変化したのでしょうか?
大竹: カルチャーのどの部分を守り、どの部分を変化させるべきか、というのは非常に重要なテーマです。初期のカルチャーだけが正義だと固執すれば、採用できる人材の幅が狭まり、事業の成長を阻害してしまう。
一方で、何でもありになればカルチャーは崩壊する。このバランスが重要だと考えています。私たちが変化させたのは、「働き方の柔軟性」です。フレックスタイム制やリモートワークとのハイブリッド勤務を導入しました。
一方で、絶対に崩さないと決めているのは、「成果(パフォーマンス)で評価する」という原則です。在籍期間の長さや年齢、役職に関係なく、今日入社した人でも成果を出せば最大評価する。逆に、長年いる人でも成果が出なければ評価はしない。この健全な競争環境こそが、delyの強さの根幹だと信じています。
手嶋: 優秀な人材が続々とジョインしている印象ですが、採用のポジショニングはどのように意識されていますか?
大竹: スタートアップ初期の「カルト的な熱量」に惹かれて集まるフェーズから、よりロジカルにdelyで働く魅力を伝えるフェーズへと移行しました。
私たちの強みは、「大きな裁量」と「市場価値に見合った報酬」、そして「大きな権限」を両立できる点です。これは、巨大なメガベンチャーや、逆にシード期のスタートアップでは提供しづらい価値だと考えています。
手嶋: 外国籍の方の積極採用はいつから始められたのですか?
大竹:クラシルデリバリーの構想と同時期の1年前、2021年の1月からです。優秀な人材を国内だけで探すのではなく、グローバルに求めることで、採用候補者の母集団が単純計算で80倍(1億人対80億人)に広がる。グローバルな競争を勝ち抜くためには、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材が集い、英語でコミュニケーションが取れる組織を創ることが不可欠だと判断しました。
現在はコマースチームが先行していますが、今後は「クラシル」や「TRILL」のチームにも展開していきます。長期的には、日本への移住(リロケーション)や海外拠点からのフルリモート勤務など、あらゆる形態でのグローバル採用を実現していきたいと考えています。
イオンリテールとの提携が持つ戦略的意味
手嶋: そして、本日の対談のきっかけとなった、イオンリテールさんとの提携についてです。これまでも首都圏のピーコックストアさんと提携されていましたが、今回、小売業界の巨人と組んだという印象です。この提携が持つ意味、そして私たちはこのニュースをどのように受け止めればよいか、解説していただけますか。
大竹: はい。今回、国内トップクラスの小売企業であるイオングループの中核、イオンリテールさんと連携を開始しました。具体的には、「クラシルデリバリー」のショッパー(配達員)がイオンの店舗で商品を受け取り、お客様にお届けするという取り組みです。
この提携の背景には、小売業界全体が直面する大きなトレンドがあります。それは、DXやオンライン化を通じて顧客利便性を向上させなければ、若者世代をはじめとする顧客が他のEコマースに流出してしまう、という強い危機感です。これまで私たちがお話したほとんどすべての小売企業が、この課題認識をお持ちでした。
しかし、成功事例が少ないことや、ビジネスモデルの違いから、次の一歩を踏み出せずにいる企業が多いのも事実です。だからこそ、私たちにはまず、安定したオペレーションを構築し、確かな実績を作る必要がありました。
ピーコックストアさんとの取り組みが最初の成功事例となり、そして今回、イオンリテールさんが大きな意思決定をしてくださいました。業界のリーダーであるイオンさんが動いたという事実は、小売業界全体にとって非常に大きなニュースバリューを持ちます。
これを機に、「イオンがやるなら、うちも検討しよう」と考える小売企業が飛躍的に増えるのではないでしょうか。日本の小売業界が、この提携をきっかけに大きく動き出す可能性も十分にあると考えています。
今回の提携は一朝一夕に実現したものではありません。クラシルデリバリーを始める以前から、イオンさんとは様々な協業を通じてコミュニケーションを重ねてきました。
担当者の方とは3年越しのお付き合いになります。そうした長い時間をかけて築き上げた信頼関係が、今回の提携に繋がったのだと考えています。
手嶋: リリースでは、まず東京都内3区からスモールスタートするとありました。これは実験的に開始し、オペレーションを整えながら、成功すれば一気に拡大していくという計画でしょうか。
大竹: その通りです。まずは品川シーサイドの店舗から開始し、そこでオペレーションを徹底的に検証します。そこで「これはいける」という確信が得られ次第、一気呵成に横展開していくことを考えています。
手嶋: 楽天や出前館など、他のプレイヤーもこの市場に参入しつつあります。レシピ動画事業の時とはまた異なる競争環境かと思いますが、どのように捉えていますか?
大竹: 大前提として、日本の食品EC化率はまだ3%程度に過ぎません。今は特定のパイを奪い合うというより、市場そのものを皆で拡大していくフェーズだと認識しています。そういう意味では、各社が共に市場を創造している仲間とも言えます。
その上で、やはり「餅は餅屋」だと考えています。私たちの強みは、テクノロジーを駆使したプロダクト開発力やオンラインマーケティングです。
一方、イオンさんには、魅力的な売り場作りや長年かけて築き上げた顧客基盤という強みがあります。これらを組み合わせることが重要です。
そして、delyの最大の特徴は、自社で配送プラットフォームを持っていることです。かつて出前といえば蕎麦屋か寿司屋に限られていたのが、Uber Eatsの登場であらゆる飲食店の料理が届けられるようになりました。それと同じように、現在デリバリーに対応できているスーパーは全体の5%にも満たない。私たちは、残りの95%の店舗にデリバリーという選択肢を提供できる、そこに大きな可能性があります。
手嶋: 配達はギグワーカーではなく、直接雇用のアルバイトや業務委託の方々が担うのですね。
大竹: はい、その通りです。
10年スパンの挑戦と、経営陣の役割分担
手嶋: この壮大な事業、社内ではどれくらいの時間軸で成功を目指しているのですか?
大竹: 黒字化まで10年スパンで考えています。
手嶋: 10年!AbemaTV(現ABEMA)のようですね。
大竹: まさに。3年程度で完成するような事業ではありません。腰を据えて、じっくりと事業を育てていく覚悟です。
もちろん、その過程で収益性を改善していく努力は続けますが、事業として本格的に利益が出始めると認識されるまでには、それくらいの時間が必要だと考えています。
手嶋: このクラシルデリバリーに関しては、代表の堀江さんもかなりコミットされているのでは?
大竹: もちろん、ファイナンスや事業全体の経済性(エコノミクス)については常に深く議論しています。しかし、堀江さんのすごいところは、事業の執行に関しては私に大幅な権限を委譲してくれている点です。
私自身、この領域においては誰にも負けない知見と感覚を持っている自負があるので、任せてもらえることで非常に動きやすくなります。そして、事業に必要な資金調達などファイナンス面は彼が担う。非常に良い役割分担ができています。
手嶋: 大竹さんご自身は、CTOの役割は他の方に引き継ぎ、この事業に集中されていると思いますが、現在はどのような業務に最も時間を使っていますか?
大竹: 時間の使い方は、採用が6割、残りの4割がデータ分析を含めたビジネスモデルのブラッシュアップです。この事業はまだ「成功の方程式」が確立されていません。走りながらKPIを分析し、事業の収益性や生産性を改善していく必要があります。
そして、何より採用が重要です。この事業は非常に複雑性が高く、オペレーション、マーケティング、営業、そしてプロダクトの各領域に優秀な責任者が必要です。自分よりも優秀な人材を、一人でも多く仲間に迎えることに、今、全力を注いでいます。
手嶋: この対談をきっかけに応募してくれる方がいるかもしれません。現在、クラシルデリバリーでは、主にどのような職種を募集していますか?
大竹: 大きくプロダクトサイドとビジネスサイドに分かれています。プロダクトサイドでは、フロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニア、UI/UXデザイナーを募集しています。特にフロントエンドエンジニアが不足している状況です。
ビジネスサイドでは、オペレーション、グロース(ユーザー獲得)、BizDev、カスタマーサクセス、マーケターといったポジションで積極的に採用を行っています。
手嶋: 巨大な生活インフラを創り上げることに興味がある方は、ぜひ応募して、大竹さんと直接お話してみてほしいですね。
delyの未来と、最後のメッセージ
手嶋: 最後に、dely全体の今後の事業ポートフォリオについてお聞かせください。
大竹: 「この領域はやらない」といった制約は設けていません。常に機動性高く、様々な新規事業に挑戦しています。例えば、チラシのDXを目指す「クラシルチラシ」といった事業も、私とは別の事業責任者のもとで動いています。
最近「カンパニー制」を導入し、クラシル、TRILL、コマースといった各事業体が、それぞれ独立してさらなる成長を目指す体制へと移行しました。
手嶋: ありがとうございます。最後に何か言い残したことはありますか?
大竹: 改めて、「もっと多くの優秀な仲間と一緒に、この未来を創っていきたい」と伝えたいです。ぜひ、私たちの挑戦に加わってください。
手嶋: delyは、単に条件の良いメガベンチャーに行きたいというわけではなく、「とにかく大きな事業を創る当事者になりたい」という熱意のある方にとって、非常に魅力的なフェーズにあるのかもしれませんね。
大竹: まさにそう思います。そうした志を持つ方に来ていただきたいです。
手嶋: 28歳という若さながら、非常に落ち着いた風格のある大竹さん。来月には披露宴も控えているということで、公私ともに充実していますね。落ち着いた環境で大きな挑戦をしたい方は、ぜひdelyの門を叩いてみてはいかがでしょうか。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。
大竹: こちらこそ、ありがとうございました。乾杯の挨拶、期待しています!