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#20 GSからシニフィアンへ。「企業のOS」をインストールし、スタートアップの品格を上げる - シニフィアン共同代表 村上誠典氏

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「スタートアップ オフレコ対談」は、XTech Venturesの代表手嶋とゲストの方をお呼びして対談する番組です。今回はシニフィアン共同代表の村上誠典氏に話を聞きました。

前編では、日本の宇宙産業の中心地である東大/宇宙科学研究所(現JAXA)からゴールドマン・サックスを経ていかにしてシニフィアンを共同創業されたのか、直近5年でのスタートアップの変化から今後のスタートアップが求められる姿、そしてベースフード社との出会いから出資に至るまでの流れについて語ってもらった内容になっています。

<スピーカー>

・村上 誠典氏(@Murakami_Japan
シニフィアン共同代表

・手嶋 浩己(@tessy11
XTech Ventures代表パートナー

<目次>

・宇宙から投資銀行を経てシニフィアンの設立へ
・ゴールドマン・サックス時代、スタートアップとの関わり
・グロース期のスタートアップをいかに世界を目指せるように伴走するか
・直近5年でのスタートアップエコシステムの変化を象徴する3つの事例
・スタートアップが社会で品格のある行動をとる必要性

※記事の内容は2022年3月時点のものです。

宇宙から投資銀行を経てシニフィアンの設立へ

手嶋: XTech Venturesの「スタートアップオフレコ対談」です。全然オフレコではないのですが(笑)。今日は、私も初めてお話しするのですが、かねてからファンだったのでお声がけして来ていただいた、シニフィアンの村上さんにお話を伺おうと思っています。

前半はシニフィアンや村上さんの今までのお仕事について、後半はスタートアップ業界全体についてどう考えられているか、お話しいただければと思っています。村上さん、はじめまして。よろしくお願いします。

村上: 手嶋さん、よろしくお願いします。貴重な機会をいただきまして楽しみです。

手嶋: これを聞いている方は、スタートアップに興味がある方が多いと思いますので、村上さんのことは当然ご存知かと思いますが、簡単に自己紹介をしていただけますか。

村上: ありがとうございます。村上誠典と申します。そもそも、私の下の名前(誠典)の漢字を読める人が日本にいないという状況なのですが……。

手嶋: 難しいですね、読み方は。

村上: ホリエモンこと堀江さんと一緒の下の名前なんです。私はシニフィアンの共同代表をやらせていただいております。シニフィアン自体は、ちょうど5年前に作った会社で、あっという間だなと思っています。

いろんなミッションを実現するために作った会社で、そのあたりも少しお話できればと思うのですが、とにかく日本を良くしたい、社会を良くして元気にしたいという思いがあります。その中で、スタートアップが果たす役割は大きいのですが、スタートアップエコシステム自体を、もう一段、二段とアップグレードしていくことが必要です。

そういったことを実現するために、特に当初から、グロースやポストIPO、経営やマネジメント、ファイナンス、ガバナンスといった、ともするとスタートアップからはあまり注目されていなかった領域にハイライトを当ててやっていこうということで、5年前から始動した会社の代表をやらせていただいています。

私自身は、非常に変わったキャリアを歩んできました。もともと田舎者で、兵庫県で育ったのですが、本当に世間知らずでした。今でこそ、それなりに色んなことをよく知っているなと自分でも思うのですが、当時は本当に全く何も知らなかったんです。

田舎から出てきて、東京でも仕事をさせていただき、グローバルにも仕事をさせていただいたりと、いろんな地域や領域の仕事をさせていただきました。また、スタートアップを今は専門にやっていますが、大企業や海外のグローバル企業など、成長フェーズやカルチャーの違う会社でも様々な仕事をさせていただきました。

私自身、もともとはビジネスをやるようなキャリアというよりは、親も変わった人で、あまりサラリーマンをやるイメージがなかったので、芸を磨いて何かやるといった、全然今とは違うことを志していました。ただ、才能も感じず普通に大学に行ったのですが、大学では進路が決まらなかったんです。

エンジニアリング・サイエンスにすごく興味があって、最終的には宇宙工学を専攻しました。当時も今もそうなのですが、宇宙産業は予算の出処は本当に政府主導でした。スタートアップがまだなかった時代に、失われたX年の時代に政府主導だったが故に他の産業よりも早く停滞期が来てしまった。そのため大手もどんどん撤退する中、新しいプロジェクトやビジネスを行うことが難しくなっていました。

当初、東京大学とスタンフォード大学で宇宙の民主化を大学発でやるという取り組みがちょうど始まった頃で、それの最初の民間衛星を作ることに関わらせていただきました。今流行っているコンステレーションの走りになりますが、大学時代に実際の衛星開発をやっていたので、非常に面白く良い経験になりました。

宇宙は、ソフトウェア/DXのように1年で市場環境がガラッと変わることはなく、面白いことに20年、30年前に言われたことが大きく変わっていないんです。今、スタートアップやビジネスで注目されているテーマは昔から言われてきたことで、ようやく社会実装が進んでいるという感覚です。

その後、大学で修士号を取りながら、宇宙研(宇宙科学研究所)で研究開発を行う機会を得ました。当時は宇宙研で、事業仕分けする前だったので研究機関の1つだったのですが、その後JAXAとして統合されています。斜陽産業の研究機関ですから予算は極めて限定的でした。そこは、まさにスタートアップ的だと思っていまして、大学主導の衛星開発もJAXA(宇宙研)も、結局、人・モノ・金が圧倒的に足りない。工夫してなんとかやる。スタートアップと一緒ですよね。

そういう意味では、私にも、テクノロジーとスタートアップ的なDNAがあったということかもしれません。宇宙は火星に行くと決めないと、一生火星には辿りつかない。最初のミッションを決めて──そう、ミッションという言葉は宇宙と共通しますね。火星探査のミッション、スタートアップのミッション──ミッションを決めて、そのミッションがすごく大事。ミッションを掲げないと一生そこには辿り着けないですから。

そういったミッションドリブンである点も、すごく似ています。そのためには、ありとあらゆるテクノロジーを使いこなすのが宇宙産業ですが、スタートアップもありとあらゆるものを使いこなして生存し、目標に近づいていくことが大事です。

逆に言うと、営業にこだわりすぎたり、テクノロジーにこだわりすぎても、スケールしない可能性がある。宇宙も一緒で、素材にこだわりすぎたり、制御にこだわりすぎただけでも、ミッションはコンプリートしない。使えるアセットをフル活用して、ミッションドリブンに物事を進めるというのがすごく似ていると思っていて、私も好きでした。

そして産みの苦しみもあります。これは宇宙開発の「はやぶさプロジェクト」にまつわるお話しですが、私は川口先生という映画にもなったプロマネの先生のもとでやらせていただいていました。あの先生が凄く苦労されている姿が印象的でした。スタートアップでは2011年ぐらいのイメージでしょうか。

資金調達に苦労する起業家のように、当時の宇宙産業も国から予算承認が厳しく、プロジェクト推進に尽力すべき人材が予算集めに奔走しなければいけない、そういう現実を目の当たりにしました。本当にトップノッチの研究者ですら、国から予算がもらえない時代でした。だからこそ、予算や障壁が大きかったからこそ、「はやぶさプロジェクト」が、結果として生まれたのだと思っています。スタートアップでも難しい困難を乗り越えるための、熱量、工夫、スピード、そういったものがあってこそ、遠くまで行けるような気がしています。

海外の学会参加は大きな刺激になりました。今と一緒ですよね。スタートアップでシリコンバレーや中国に行っているようなもので、海外はやはりすごかったんです。日本はもう斜陽でしたが、海外は逆に中国やインドが来ると分かって、国防予算が宇宙開発に流れていました。

日本のスタートアップがシリコンバレーに行って「すごい」と感じるような、ちょっと10年前ぐらいの感覚が宇宙業界にありました。予算がないとしんどいなと思って、じゃあどうするのかというと、ビジネス、グローバルという領域を接続していかないといけない。そこで、当時は会社のことを全然知らなかったのですが、ゴールドマン・サックスと縁を頂くことになりました。

当時はIBD(投資銀行部門)にも私のような業界に無知からスタートする人はあまりいませんでした。ただ、金融ビッグバンで法制度が整理されたり、会社分割ができるようになったりと、ちょうどそういう制度ができ始めた頃でした。業界が大きく立ち上がるタイミングだったからこそ、ファーストムーバーと学びながら大きく成長する機会を得ることが出来ました。結果的に2年でクビになると言われたのですが、長くやらせていただいたというのが、ビジネスに触れ合うようになったきっかけという感じです。

手嶋: そのあたりは、興味がある方は、私も読んだ村上さんの『サステナブル資本主義』という本に、背景がもう少し細かく書いてあります。ぜひ読んでいただきたいなと思いますが、宇宙の研究をJAXA等でされて、ゴールドマン・サックスで金融のプロとしていろんなプロジェクトを手掛けられて、その後、シニフィアンの設立につながるわけですね。

ゴールドマン・サックス時代、スタートアップとの関わり

手嶋: もともと、ゴールドマンの時から、お客さんや関係者の中にスタートアップ、もしくはスタートアップ的な会社が多かったのですか?

村上: はい、そういう意味では、結構、ゴールドマンの中で一番そこに近い立場の人だったと思っています。例えば、私はいわゆるテクノロジーグループやTMTグループにいたので、お客さんが日本大企業のソニーやソフトバンクといった、大企業の中では一番スタートアップに近い企業でした。

私はIT業界の責任者だったので、何かとグローバルな業界をウォッチし、日本と海外を橋渡しするような形で、スタートアップ的なアジェンダがありました。ただ、日本で当時はまだそれほどスタートアップらしいところはなかったと思います。自分の後輩がみんなメルカリやマネーフォワードに行きだす前のタイミングですので、まだ日本はゴールドマン・サックスがビジネスをするような、そういう時代ではなかったんです。

ただ、私の立場上、私のピア(同僚)である海外の人は、シリコンバレーのFacebookやAlibabaといった企業を担当する人たちだったので、業界との接点は日常的でした。海外のスタートアップ・エコシステムに触れる立場でしたし、海外のスタートアップや海外のベンチャーキャピタルとも話をしていました。私のピアはそこを担当している人が多かったので、日本の中で一番海外の企業に触れる立場だったんです。

一方で、日本で担当しているのは、旧態依然とした企業やソニーといった会社で、そのコントラストがすごかったんです。自分がゴールドマンを最終的に辞めるきっかけになったのは、このコントラストを一番感じる立場にいたからです。

これをこのまま放置しても、長年やっても、私がそもそもゴールドマンに入った理由──日本のテクノロジーは競争力があるから、ビジネスで世界で圧倒的に戦えるようにしたい──という目的が達成できない。結局、私の力不足でもありますが、日本のテクノロジー業界は長く低迷期を続け、寧ろ差が開いてしまったと感じました。やはりできあがった旧泰然とした会社や産業構造を変えるのではなく、新しい仕組み、産業、経営基盤、人材を創出していかない限りはダメだと思い、新産業創出のエンジンとして期待されていたスタートアップに200%時間を費やすことにしたんです。

そもそも、私はシニフィアンを作る前は、みなさんも一回は考えたことがあるでしょうが、今でいうディープテックで起業を志していました。ただ、思い切った判断がしきれませんでした。

やはり10年前、手嶋さんには釈迦に説法ですが、ディープテックのスタートアップをやって、うまくいくイメージが持てなかったんです。

一個人として一企業のフルベットして起業家として勝負するのではなく、エコシステムの課題を解決する、エコシステム自体を大きくアップデートすることが必要不可欠だと感じ、そちらの道を突き詰めていった結果、シニフィアンという形になったんです。

手嶋: シニフィアンが実際に出てきた時のことを、私もすごく覚えています。ポストIPO、スタートアップが直面する壁が突然プレIPOから状況が変わる中で、その変化に適応できずにグロースできない会社が多いというのは、ある種ハッとさせられた着眼点でした。

今ではそういう壁があるということは比較的共有知になってきたと思いますが、当時はハッとさせられましたね。もともとシニフィアンが具体的な形になるのは、半年とか1年前ぐらいから準備していたのですか?

村上: そうですね。2年以上前だと思います。ただ、やはり私もそうですし、みんな急にというわけではなく、当時は朝倉がシリコンバレーにいて、私も小林も現職がある中でやめている状況でもなかった。2年ぐらいはかかったと思います。実際考え始めてから、実際やり始めるまでです。

生まれたての赤ちゃんに、いきなり難しいことをしても早すぎる。もう出来上がった人たちに、今さら行動変容しろと言っても、かなり難しい。出来上がり始めた、まさに中学生ぐらいの状態。もう才能があることも分かったし、まだ素直だという、この状態で、いかに正しく世界を目指していくように伴走するか。まさにこの中学生ぐらいで、オリンピックの金メダリストに伴走するコーチのように、こういうところをしっかりできるかで、本当に才能ある子が世界で勝てるかどうかが別れてくると考えました。

グロース期のスタートアップをいかに世界を目指せるように伴走するか

村上:柔軟性があって、聞く耳があって、ポテンシャルがあるというこのフェーズが、まさにポストIPOに向かっていくこのグロース期のところが、そこに該当するのではないかと思います。正直、中間的な会社で、ファイナンスを使いこなせていないスタートアップをいっぱい知っています。

ガバナンスのことを十分理解していないスタートアップ、組織課題に悩むスタートアップもいっぱい知っていました。スタートアップが何に悩み、手が付けられていないのか。大きく成長するための基盤が出来ていない状態で、旅立っていっても難しい。スポーツ選手が心と体が出来上がってないと、本当の勝負の世界で勝てないように、会社も同じだと思います。

海外のスタートアップは、意外とその辺が理解できている人も多いんです。テクノロジーだけに頼っていては、海外での競争に勝てない。そういうところだったので、やはりみなさんが好きなビジネスモデルやプロダクトだけではなく、周辺の総合力を高めていかないといけない。

逆にみんなそこを語りたがらないのですが、ちゃんと世界でやっている人というのは、才能があるだけでなく、ちゃんと体を作ったり、健康管理したり、日々の生活習慣を整えたり、イチローさんのように、実は言わないけどやっていることがいっぱいあって、そういうことを全部やって初めて才能が開花する。そういうことだと思っています。日本には多分、イチローも大谷翔平もいっぱいいると思うんです。

ただ、それがイチローや大谷翔平という形にまだ現れていない。じゃあ、彼らが才能だけでなく、何か小さい頃から培っていたものにハイライトを当てて、それを型化してエコシステムに還元していくことが、私たちでいうと、経験・知見・ノウハウを回していくということと同義だと思っています。

ここが、やはりこのグロースステージでしっかりインストールできるかということです。私が最近、言語化してずっと言っているのですが、これは「企業のOSをインストールする」ということだと思うんです。どういうことかというと、赤ちゃんの時はOSがない。だから動きが悪い。大企業になると、OSが古い。未だにLinuxのような状態です。グロース期はOSがないまま走る人がいるか、間違ったOSをインストールする人が出てくる。そこに、最新のOSを入れて、しっかりとアップデートしていくことをしていかないといけない。

やはりOSが良くないと、アプリケーションが動かないので。大企業の経営の課題というのは、古いOSを変えずにアプリケーションの議論ばかりしているからダメだと、端的に思っています。若すぎるスタートアップでOSの話をしても、まだアプリケーションがなさすぎる。グロース期にしっかりOSを整えることが大事だと思っているので、そういったことにフォーカスしてやっているのかなと思っています。

手嶋: なるほどです。設立は2017年ですよね。そこから5年経って、おそらくだいぶ変わりましたね、日本のスタートアップは。

村上: 私の先輩、手嶋さんもそうですが、私よりも早く携わってこられた先輩方で、例えばグロービスの仮屋薗さんがおっしゃっています。本当に20数年やっていて、20数年の変化よりも、この5年の変化の方が大きいのだと。

私もそうかなと思っていましたが、実感として、そこまではっきり言えなかったところ、彼の言葉を聞いて納得しました。この5年間の変化がいかに大きいかということが端的に表れているなと思っていて、それはもう非常に、自分たちも関わらせていただけることが少なからず影響しているのだと思うと、素晴らしいなと思っています。

本当にこの5年間で、私が思っていた以上に変化が速かったですし、この変化の速度を落とすことなくやっていきたいなと思っています。

手嶋: 村上さんがその2017年からの変化で、これは象徴的だったなと思うケースやニュースを1つ2つ挙げるとしたら、何が思い浮かびますか?

直近5年でのスタートアップエコシステムの変化を象徴する3つの事例

村上: なかなかいい質問ですが、1つ2つで絞るとなると、少し考えさせていただきます。やはり、海外が日本に注目し始めたというのは、私の中では結構大きなイベントかなと思います。例えば、海外というテーマで、一番最初は SmartHRです。今は公表していますが、シリーズDで私たちがリードを取った時に、セコイアも入っているんです。

その1年くらい前から、かなりセコイアが日本で投資先を探しているという話でした。2018年ですかね、かなりセコイアが探しているという話で、多分手嶋さんともお話ししたと思うのですが、本格的に探し始めているのだなと思いながら、その時も彼らの情報を集めて、私も話していました。結果的にSmartHRに投資することになりました。

あれはやはり私の中で結構象徴的でした。それまで、ゴールドマンにいた頃、リーマン・ショックの前ぐらいまでは「What's going on in Japan?」という問い合わせがあったんです。今、日本のトレンドを教えろという依頼がいっぱいあります。

でも、リーマン・ショックの後になって激減し、まさにこのGAFA時代が爆発的に来て、日本の相対的な地盤沈下が始まった時には、「What's going on in Japan?」がなくなったんです。「What's going on in China?」に置き換わって、「China and then Japan」という感じになりました。日本に来いよと言っても「忙しい、いつか行くよ」みたいな感じです。

これは結構衝撃的でショックな出来事でしたが、それが10年前ぐらいだったとすると、ようやく日本に戻ってきた。これは1つ、やはり海外も興味を持ち始めたという象徴的な出来事だったかなと思います。他には、この5年という観点でいくと、もう1つは、去年か一昨年のPaidyですね。

手嶋: ああ、そうですよね、象徴的だなと思いましたね。

村上:日本のM&Aマーケットはすごくオープンになってきていると皆さん言いますが、私はやはり投資銀行業務をやっていて、日本のビジネスの難しさというのは、「買いたいけど、売らない」という一方向性が結構しんどいというのがありました。

結局、双方向であって初めて世界の経済とコネクトするんですが、日本は買うだけで売らないんです。これでは構造的なサステナビリティが持てないんですよね。これは結構しんどかった、日本全体で見ても。スタートアップだけじゃなくて、日本の産業コングロマリット、数兆円規模の会社が買収されていくというトランザクションは結構レアなんですね。スタートアップ以外を含めても。それがスタートアップで3千億円規模で起きたというのが結構、これはスタートアップを超えて、インパクトがあったと思います。

そもそも日本が売るという行為をスタートアップ発でやるということで、インパクトがあったんです。スタートアップで起きている出来事が全体経済においても象徴的だというイベントだったわけです。今までは、ソニーやソフトバンクなど大企業がいて、圧倒的に小さいスタートアップがいるという、つまり端っこの小さなニッチでした。それが日本企業が海外企業に全社売却するというインパクトがあるものになったんです。

おそらく、このインパクトは大手企業も含めて「おっ」と思ったと思います。なぜなら、大手が日本の会社、産業を買収したからです。

そんなスタートアップが、大企業を含めてある種、肩を並べるようなトランザクションをやったという意味では、すごく象徴的だったと思います。

3つ目は、この話を思い出したんですが、やはり今の菅さんの時から岸田さんにかけての変化だと思います。本当の意味で、ようやくですが、国もこのスタートアップの重要性を咀嚼して、正しいかどうかは別にして、成長戦略の中にも真面目に入れたマインドが出てきました。

手嶋:シェアは高いですよね。少なくともスタートアップに対する。

村上:それが文言で入って、戦略に組み込まれたというのは、本当に大きいですよ。私は20数年前にe-Japan構想というのがあったことを覚えています。日本がすでに失われた10年に突入しようとする時、90年代後半、インターネット革命を見て、日本でもe-Japan構想を立ち上げましたが、政府は全く機能しませんでした。当時の出口はマザーズでしたね。

結局、政府は「やる」と言いながら、大した投資もしないままここまで来てしまいました。それがようやく、やると言っていたけれども、本気度が上がったという意味では、これはスタートアップにとって大きな変化です。おそらくスタートアップ全体の格が多少上がってきたので、その結果として、おじさんたちや政府の人たちも、やや本気になってきたことが影響していると思います。そこはやはりデファクト感を上げたという意味で、すごくインパクトがあったのかなと思います。

この3つ、つまり経済的なインパクトでPaidyという象徴的な事例が出たり、海外から認められるようになったり、政府の人が本気になっていることが、結果的にシステム全体のモメンタムと格を上げたんです。国内での評価ではなく、海外での評価が高まったことは、政府判断にも大きな影響があったと思います。隅っこでマイナー競技をやっているのではなく、例えばフィギュアスケートがマイナーだと思われていたのが羽生結弦選手の登場でメジャースポーツに格上げされたような感覚です。これは結構大事なことだと思います。

スタートアップが社会で品格のある行動をとる必要性

村上:私たちも含めて、手嶋さんもそうだと思うんですが、やりがいとか責任感というものが出てきました。起業家も本当にやりがいとか責任感とか社会性というのを意識するきっかけになったと思います。本当にデファクトだとか、本当に必要なものだと認められたことで、おそらく全員の意識がだんだん上がってきたんじゃないかなと思っています。

起業家は、昔は「私は社会を良くしたい」と言っていたら、まあ思っていたかもしれないけど、おそらく今の人たちの方がよりリアリティを感じて、責任感を持つようになっていると思います。これはすごくいいことだなと思います。

大人がなるべく「あなたが大事だ」「あなたたちに期待している」というポジティブなメッセージを送っていくことがすごく大事で、おそらく20年前はスタートアップはどちらかというと迫害されていたような状況でした。

手嶋:「社会を良くしたい」と言っても、社会からはそれを求められていなかったですよね。

村上:そうです。だから、社会の方がもう「お前たちしかいないよ」と言ってくれている感じですよね。これが結構大きいんじゃないかなと思っています。

だから、これから起業を志す人は、本当に責任感とやる気の両方を持って、しかも「やれば変えられる」というある種の希望を持って臨むと思います。おそらく20年前の人は、どちらかというと反骨精神で、「おい、俺やってやるよ」みたいな感じだったのが、変わってきたきっかけだと思います。

これは私たちとしても気をつけなければいけないのは、社会の格が上がったときに、品格のある行動をしていかなきゃいけないということです。ベンチマークは、例えばガバナンス1つとっても、大企業に劣らないのではなく、大企業を対象とするので、スタートアップから日本の一流を生み出すという感覚でやっていくことが必要だと思います。これをしない限りは、結局は二流にとどまると思います。

本当に引っ張っていく、その中核で一流にならなきゃいけない。だから、ようやく少し品格が上がった状態ですね。さらにもう一段、品格を上げようと思うと、日本の中で一番品格のある行動とか判断とかプロセスをスタートアップがする状態というのを作っていければ、本当の中心にスタートアップがあるのではなく、本流が一流になってくると、もう人材が一気にそちらに流れてくると思います。

次に考えているのは、この5年でお金を引っ張ってくることは、自分たちも貢献したと思いますが、かなり進化しました。結局、足りていないのはやはり人です。世界中からどう引っ張っていくかということだと思っていまして、3番目にはやはり受け皿の品格を上げていかなきゃいけないと思っています。

手嶋:ありがとうございます。私の身近なところでも、おそらくメルカリの山田進太郎さんとか小泉さんクラスだと、もうそこを意識していますよね。やはり、自分たちが率先してガバナンスのレベルを上げて、かつ新しい形を率先して提示していかないといけないと。そういう方々が率先している人たちなのかなという感じがしますよね。

村上:いや、本当にその通りだと思います。私も幸いなことに、いろいろな次世代を担うトップ企業、SmartHRもそうですが、そういった会社さんとご一緒させていただいています。とにかく彼らと一緒に何を作っているかというと、スタンダードを上げる、スタンダードを上げていくということです。

だから、今までのスタートアップのレベルをベンチマークするのではなく、もう一段、二段常にベンチマークしてやっていくということを、そういう志を持ってやってくださるスタートアップとは、もう本当に心からご一緒したいと思いますし、そういったスタートアップが増えればいいなと思います。メルカリは本当に素晴らしいパイオニアになってくださっているなと、私も思います。

手嶋:ありがとうございます。前半戦は結構面白い話が聞けたと思いますので、こんな感じで。後半戦は、村上さんとかシニフィアンの視点で、今後のスタートアップ業界についてみたいなことをちょっと話していきたいなと思います。前半戦、村上さん、ありがとうございました。

村上:ありがとうございました。


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